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あなたにとって浦和レッズとは? | ウラワレッズ
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カルチョバンビーノのgengorouさんからパスを受けて、Jinnoさんの企画に参加させていただきます。


あなたにとって浦和レッズとは?

一言でいうなら、「おらが町のサッカークラブ」です。

浦和という町は、僕にとって特別な町です。
第二の故郷というか。
自分の幹になる部分を育ててくれた場所です。
そんな町にあるレッズは、自分と一緒に成長してきたかのように思えるサッカークラブです。

僕は生まれは愛知県刈谷市です。小学校6年生の時に、父の転勤にともない浦和に引っ越してきました。
それから大学進学のために仙台に移るまでの7年間、僕は浦和の本太に住んでいました。
7年間というと、そんなに長い時間ではありませんよね。
事実、仙台には6年間居ますし。
でも、僕にとって蒼春時代の7年間はとてつもなく大きく、また濃密な時間でした。
浦和は、あちこちに記憶が染み付いている町なんです。

僕が浦和に住み始めてすぐ、Jリーグが開幕しました。
小学校でサッカーをやっていた僕は、一も二もなく、レッズに飛びつきました。ごく自然に。当たり前のように。
家の二階からは、毎週土曜日と水曜日になると、赤い人があの場所へ向かうのが見え、地響きにも似た歓声が聞こえたんです。今でも聞こえると思いますが。
当時からチケットは入手困難でしたから、ほとんどテレビ観戦でした。
でも、生の声が聞こえるから、居ても立ってもいられずに、友達と駒場に行ったものです。
改修前の駒場スタジアムはスタンドが低く、木によじ登ったり、近くのマンションの屋上に上れば、ピッチが覗けたんです。
もちろんそんなことをすれば怒られたんですが、僕たちは時々そうしてレッズの試合を感じていました。選手なんてほとんど見えないんですけどね。でも、トリビソンノだけは、見分けがつきました(笑)

高校になると、僕は近所の男子校に通っていたのですが、部活やら文化祭やらで忙しくなり、観戦の機会は減っていきました。
浪人してからはレッズの試合どころではなくなってしまいましたし。
でも、レッズの試合結果はいつもいつでも気にかけていましたし、テレビ埼玉はちょくちょく見ていました。
このころからサッカーが分かるようになり、バインのピンポイントパスと福田のゴールに酔っていました。

仙台に来てからはますます疎遠になり、たまに帰省したときに埼スタに滑り込むくらいで、ほとんどの試合はスパサカとマガ&ダイで試合結果を確認するくらいでした。
そうこうしているうちに、2003。
この年から、遠距離参戦を始めました。

でも、この4月から浦和に戻ることになり、またレッズを近くで感じられそうです。
大学の先輩からは「レッズのために東京に行くのかよ」とあらぬ誤解を受けていますが、実は半分くらい図星なんです。

これから先も、くっついたり離れたりするとは思いますが、僕は死ぬまで、浦和レッズを応援していきます。
理由は省きますが、それだけは確信しています。

長くなりましたが、僕にとっての浦和レッズ、わかっていただけましたか?
想いをすべて言葉にするのは難しいですね。

では、つぎは・・・。
あー、どうしよう。友達いない・・・。

すみませんが、レッズの片隅でのかつフト男さんにお願いしたいと思います。

どうかバトンを受け取ってください!
【2005/03/11 16:55】   トラックバック(0) | コメント(1) | この記事のURL | Admin↑ | Top↑


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コメント
忙しい中ありがとでした!
4月からよろしくです!
【2005/03/12 01:08】 URL | gengorou [ 編集] | top↑

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